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―『金銀妖瞳』と言うのだな。

いつのことだったか、何気なく聞いたことがある。
「ご両親の瞳の色が分かれてついたのか?」
すると彼はこっちを見ずに正面の窓を見ながらにやりと笑った。
横顔から垣間見る黒い目は無表情だった。
「左は母の瞳を受け継いだ・・・右は・・・悪魔から貰ったものだよ」
この時深く問いつめなかったが、彼の口から一向に「父親」が出ないのは奇妙だった。


また別の時に奴はこうも言った。

「ロイエンタール家は俺で終わりさ。有り難いことに兄弟も居ない。後世に迷惑の種を残さずに済む」

自分の生家を軽視した言い方につい顔をしかめてしまった。
それでも尚、友人はいつも通りの、何に対しての愉悦か解らない微笑を俺にくれた。






叛旗を翻した彼を止めることが出来なかった。
追って「反乱鎮圧」の勅命が自分に下された。
「卿の友人も奴に従ったそうだぞ」
低い声で傍に居るビューローに告げると、彼は意外にも笑って見せた。
腕白な子供に手を上げた母親といった感じの、少し鼻に掛かった笑い方だった。
「奴らしいことこの上ない」
「・・・・・・」
「閣下。私は奴と十数年に渡る付き合いをしております。
奴は己が一度従うと決めた人間には全身全霊で仕える・・・盲目的なまでの忠誠心を持っておるのです。―それが長所でもあり短所でもあると同時に」
ここで、彼は息を継いだ。三白眼が明るい琥珀色に輝いた。

「私の羨望の的でもあるのです」

つらつらと友について語る彼の表情は穏やかで、遙か天を仰ぎ、得も言われぬ安らぎと甘さで以て、握手すら憚れた親友への思慕と敬服を明らかにしている。
「・・・・・・・・・・そうか」
ミッターマイヤーは何も論ずることができなかった。
言葉と声が織りなす甘美な響きに耳を澄ましながら、疾風の将は奥歯を噛み締めた。


卿がとてつもなく羨ましいよ。ビューロー。
卿はそんな顔で友を語れる。

果たして俺はそこまでロイエンタールに羨望したことがあったか?
ましてや今はあいつに恨みすら抱いているこの俺が・・・・・・・・・・・・・・!!

どうして! 何故!?
お前という奴はそこまで意地を張っちまうんだ!
喧嘩っ早い俺を必ず最初は引き留めてくれるお前がどうして売られた喧嘩をわざわざまとめ買いする気を起こしたりした!?

一体何がお前さんをそこまで追いつめたんだ? なぁ、教えてくれ。
会って、訳を聞かせろよ。
俺はお前と戦いたくない。お前に「敗北」なんて言葉、似合うはずないだろ?


嫌だよ。
こんな喧嘩、できるわけないだろ・・・・・・・?

卿をそうさせたものは何だ?
オーベルシュタインか? ローエングラム王朝か?
それとも・・・






「それとも・・・何だと言うのだ?」
掠れた声はビューローには聞こえなかった。













ふと、ロイエンタールは後ろを振り返った。
「閣下?」
「・・・いや」
空耳かもしれなかったが、それはやけに鮮明に伝わってきた。
かつての同志、ミッターマイヤーの声。

この年まで金銀妖瞳の将は人生において「謝る」という行為は皆無に等しかった。
しかしたった今、
―すまん。
短い謝意が頭を掠めていった。



銀河では戦艦ベイオウルフが同じく戦艦トリスタンを捉え、加えてグリルパルツァーの寝返りも発覚。
戦場はほぼ乱戦状態に等しく、砲撃の閃光があちこちで激しく散った。



気づけば指揮台から投げ出され、体をセラミックの破片が貫いているではないか――。
まるで、夢から醒めた心地だった。
「閣下!!」
レッケンドルフ少佐が悲鳴に近い声を上げた。
騒ぐなと制し、棒状の破片を抜いた。鮮血が絡みついている。
「ふむ。瞳や肌の色がどうであろうと、血の色は万人が同じ・・・か」
爛れるような熱痛が全身を満たすのに、そう長くはかからなかった。
不思議と、痛みはさほど辛くはない。
「軍医!」
少佐がまたしても叫んでいた。





「死ぬ、な」



直感が彼の理性に囁きかけた。
この瞬間、運命の澪標は定まったも同然だった。
残酷な現実とは思わないし、抵抗もない。
舟はゆるやかに死の関へと漕ぎだした。


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