5

出会ったのは士官学校に入ってすぐ、初日の授業中だった。
落とした消しゴムを拾ってくれたのが、最初。
不思議な目をしてるなぁと、思った。

「なぁ!」
移動中、前を行く彼に声を掛けた。
「俺、ウォルフ。ウォルフガング・ミッターマイヤーっていうんだけど、君は?」
身長の高い青年は少し見下ろして、答えた。
「オスカー・・・。オスカー・フォン・ロイエンタール」



やっぱり摩訶不思議な瞳だった。













ぼんやりしていると、
「如何されました? 閣下」
そう部下に話しかけられて背筋が跳ね上がった。
「わっ! え? 何だ??」
「何を考えておいでですか?」
やんわりとした声に、ミッターマイヤーはふっと頬を綻ばせた。
「卿と似たようなことをだよ。ビューロー」
「は?」
ビューローがきょとんとしているのを尻目に、匂い立つ蜂蜜色の髪をした上官はフロントヴィジョンへ視線を移した。












フォルカー・アクセル・フォン・ビューローとハンス・エドアルド・ベルゲングリューンは互いに双璧を補佐する親友同士であった。
前者は温厚篤実で物静かな知識人。後者は剛胆で少し粗野な部分が際だつも、堅実な忠義の臣だ。



ミッターマイヤーは彼等を自身とロイエンタールの仲に置き換えていた。
戦のこと以外に彼が思いに耽るのは妻や友のことばかり。
そんな己を時々どうしようもなく情けないと感ずることがある。
一人でに口元に笑みをたたえて、胸の中に居る友人へと思いを馳せる。
――戦いの最中にさえ、このザマだ。笑えるよな、全く。
・・・・・・・卿はどうであろうな。きっと考えている暇もないかも知れん。
けれど、これだけは確かだよな。
俺たちは親友だ!


そうだろう?
少なくとも俺は一生お前の友でありたいよ―――。












・・・・・・・陽気で芯が強くて、見かけによらずかなりの頑固者で。
とりあえず一緒に居ても余計な気遣いが要らなかったし、むしろ、面白味のある付き合いやすい男だと思っていた。
「閣下?」
と、呼びかけたのはベルゲングリューンだ。
「閣下ともあろう御方が居眠りとは・・・。ここの室温は若干高いようですがね」
一つ間違えれば皮肉にも取れる発言をこの熊のようなひげ面の副官は平気でする。
けれどもロイエンタールにはそれが何とも小気味よく耳に響くので、気に入っている。
「すまない。気持ちよくてつい・・・夢を見ていた」
「夢・・・ですか?」
「どのような夢です」とは聞かないが、暢気な元帥とでも思ったはずだ。でも彼にどのように評されてもいっこうに構わなかった。
「ベルゲングリューン。卿はかのビューローとは旧知の仲と聞いたが?」
黒曜石の右目が貴重な優しい色合いを帯びて、彼に向けられた。
「へ・・・あ、はい。左様でございます」
その目に少し狼狽したのか、間抜けた調子で答えが届いた。
「仲がよいのだな」
ああ。確かに彼等は仲がよい。
気性の激しいベルゲングリューンを宥めるビューローの姿がありありと浮かんでくる。
自分とミッターマイヤーはそういった関係ではない。
常に横に並び軽快に話を育む。―それが親友としても最高のバランスであると、自負している。


ところが、その関係に亀裂が生じた。
誰かの陰謀なのかもしれない。
でもそれは自分の胎内に棲みついている化物を発見されてしまったからに過ぎない。
ならばおめおめと化物に食い潰されるのではなく、飼い慣らしてしまえば良い。
―彼は必死になって止めようとするだろう。
「・・・・・・どうにもならんよ」
「え?」
「ベルゲングリューン」
「はっ!」 慌てて姿勢を正す。
「卿は友に背を向けることはできるか?」
「無論です」
明瞭な返事に、金銀妖瞳を彼に見せた。
「・・・もしかすると銃口すら突きつけることもあり得るが」
年上の副官は毅然とした口調で断言した。
「自分は閣下の部下であります。お望みとあらば、その引金をひくことも厭ぬ覚悟です。私は・・・閣下のご意向に従うまでです」
ロイエンタールは「そうか」と呟いて、微笑んでみせた。しかし、それも一瞬の内に消え、彼は元の冷徹怜悧な智将へと変貌した。
左眼に冷たい焔が揺らいでいた。




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