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ヴェスターランド大虐殺の報を受け、ジークフリート・キルヒアイスがローエングラム侯率いる本隊に合流して直後、死亡した。
主君の命を守ったのだ。

双璧と謳われるオスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤーの両名は、上官の死を悼むとともに、竹馬の友であり己が半身であったラインハルト・フォン・ローエングラム同等かそれ以上の衝撃を受けた。
そしてロイエンタールはもとより快い存在とは言えなかった―核攻撃の進言者パウル・フォン・オーベルシュタインをいよいよ憎んだのである。








ベッドサイドに焚かれたキャンドルの灯が揺らいだ。
「出て行ってくれ」
その声は部屋のほのかな灯よりも幾分も冷たい。
横で寝ていた女が露出した肩を震わせた。
「・・・え?」
「出て行け。もうお前に用はない。・・・失せろ」
女は意外にもあっさりと従い、さっさと衣服を着て出て行った。
一人になったベッドは急速に温度を下げていく。
やがて、ゆるゆると夢の世界へ入ろうとすると、ある場面が閉じかけの瞼に映し出された。
―倒れたキルヒアイスの手を握り、必死に彼の名を呼び続けるローエングラム侯の姿。
彼等は二人で一人だった。
幼馴染で、親友で、主君と家臣。


―俺たちは違う。


互いが互いの埋め合わせではない。極端な喩えなら「1+1=2」のスタイルだろうか。
未曾有の戦に身を置いている以上、どちらかが死に絶えどちらか一方が生き延びることだってある。
きっと両方死んでしまっても、その時は別々だ。
―さて、どっちが先に逝くかな・・・・・・・





答えは神のみぞ知る。だった。
















金髪碧眼の若き皇帝の傍に仕える一人の女性。
フロイライン=ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。
れっきとした貴族令嬢だが、彼女の仲間にはない、一縷の光の様な鋭い才気を放っていた。
どこで身に付けたのか、女性には珍しい政治的思考とセンスがあり、それは彼女に軍人顔負けの気迫すら禁じ得ない。
迸る英知が素朴な雰囲気の彼女を「深窓の美姫」とは異なる美しさと華やかさを加える。
「聡明」という言葉はフロイライン=マリーンドルフのためにあったと言っても過言ではない。
そんな女性が、廊下ですれ違い様に声を掛けてきた。
「ロイエンタール元帥」
「は・・・。何でしょう? フロイライン」
マリーンドルフ嬢はカツコツと彼との距離を縮め、真っ直ぐな眼で見上げた。
「・・・・・・?」
眼と鼻の先にいる彼女はにっこりとして、
「とてもお綺麗な眼をしていらっしゃいますのね。皇帝から常々お伺いしておりましたけれど、本当に、どこまでも澄み渡った眼ですわ」
と、言って、返事に困っている隙にそそくさと行ってしまった。


「フロイラインがそのようなことを?」
久しぶりに会った親友は驚いたような羨ましそうな、そんな声を上げた。
ロイエンタールも苦笑を交えて言う。
「俺の眼が綺麗だなんて・・・変わった娘さんだ」
「そうか? 俺も好きだぞ」
「・・・何!?」顔から苦笑いが消えた。
代わりに、「本気かお前。馬鹿か?」とでも言いたげな、眉間に皺を寄せ、口の形は・・・・・・・ひん曲がっていてよくわからない。
「な、なんだよ。驚くことでもなかろう? 俺はお前さんの目は綺麗だと以前から思っていたよ」
「・・・・・・お前は何を照れている」
「うるさい! 放っとけ!」
その「綺麗な目」が陰険な光を放って探りを入れてくると、彼は慌てて顔を背けた。
「・・・じゃあ俺はお前の目も、好きだな」
「じゃあってどういう意味だい」
「どうもこうも」
「わからん奴」と、肩を竦めた彼の、くすんだ灰色の瞳が好ましいと感じているのは事実だ。
彼の目には溌剌とした光が常に宿っている。生まれたての王朝に、あの才気もこの光もなくてはならない。
だが、異なる両眼はどうであろうか。



あの女に憎悪しかくれてやれなかった瞳。
いかなる道を辿るのか。








無性に女を抱きたくなった。




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