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夢に現われることは減ったが、出会う女は時折、最も憎らしい顔に変わることがある。
派手な女。
地味な女。
クラブの歌唄いや娼婦、花売りの娘。
ただ道ばたで通りすがっただけの、そんな些細な縁で関係を求めたり、求められたりした。
抵抗も拒絶もない。自身は一時の快楽を欲しているのであって、情を抱いたことはない。心は常にどこか荒んでいた。


「お疲れのようだな」
廊下を歩いていると、いつの間にか横にミッターマイヤーが並んでいる。
「またやっていたのか・・・」
黒い瞳が一瞥すると、蜂蜜色の頭が小さく吐息した。
「卿も誰か良い女性と交わればいいのに」
「交わっているさ」
捨て台詞のような皮肉だと、薄い唇に自嘲の笑みを浮かべる。
彼等は上官、ジークフリート・キルヒアイスの下を訪ねた。
「やあ」
燃えさかる炎の如き赤髪の、二人より年下の上官は部下をにこやかに迎えた。
「あなた方にお別れの挨拶をと思いまして」
この若者は、かねて幼少より付き従ってきたラインハルト・フォン・ローエングラム元帥と初めて別行動を取ることになった。
年長者の視点からだと、彼の姿が若干心細げに窺える。
「ローエングラム侯をよろしく頼みます」
「御意に」
キルヒアイス少将とローエングラム元帥の関係とは酷似していそうで実は全く異なるものであるなと、ロイエンタールは自分とミッターマイヤーの関係について見解している。
彼等は両方が両方居らなければ、互いに存在し得ないのだ。実際にローエングラム侯はキルヒアイスのことを「我が半身」とまで述べている。
ミッターマイヤーも同様のことを考えていたが、それは友人とは正反対の方向だった。
「・・・あの方も女性との縁はなさそうだな」
フウと溜息をつくミッターマイヤーには何とはなく、婚約した己の身の上が軍で一際浮き上がっているかのように感じたからだろう。
すかさずロイエンタールが口を開く。
「案外一途な気性をお持ちだからな。思い人くらい居るのやもしれん」
「・・・・・・・」


日が経って、一通の手紙が届いた。
差出人の欄に「エヴァンゼリン」と書かれた可憐な筆跡を見つけ、飛び上がらんばかりに喜んだ。
胸の中心部から溢れる甘酸っぱい思いが受取人の思考を満たしていく。スキップしたいのをぐっと堪えて直立不動のまま、暖まった感情をゆっくり冷却する。
あんまり浮かれていると、女気があるくせに女を感情で愛でる事の出来ない男に見られたらやばい。
―やれやれ・・・だ。
白い便箋は封を開けられることなく、彼の軍服の内ポケットに収まった。




ロイエンタールは自艦に戻る準備に追われていた。
ミッターマイヤーは大衆的かつ世俗的な男女交際を好まなかったし、自分には合わないとも考えていた。
士官学校時代から浮き草一本くっつけない友人を、大したものだと感心もしたし呆れもした。
対照的に数々の関係を重ねてはそれをゴミ同然に放棄してきた自分自身は―。
―俺はいい。未来永劫結婚なんてしないし、恋人なんて論外だ。
女の顔はどれもあの女の顔・・・・・・。
急に酒が飲みたくなった。
「すまないが、ワインを注いでくれんか」
近侍の青年は「はい」と応じると、やや緊張した手取でグラスに熟した赤い酒を注いだ。
ロイエンタールは彼に退室するよう命じた。
一口含んで、窓に広がる宇宙をぼんやりと眺めていた。突如変な思いに囚われた。
―この真っ黒い世界に生身で飛び込めば、果たして楽にヴァルハラへ逝けるか・・・・・・・。
酒気の混じる溜息が零れる。
―やれやれ・・・。
女気がある一方、女を感情で愛でることの出来ない男は女気がないくせに早々とたった一人の女を射止めてしまった男の幸福を祈り、一人、祝杯を挙げた。


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