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生まれたばかりの子供がいる。
抱き上げてみれば大人よりも高く、熱いほどの体温。きめの細やかな肌は柔らかく、耳の裏からはほんのり甘いミルクの匂い。
天高く抱えれば小鳥に勝るとも劣らぬ美しいさえずりで、真珠のようにふっくらとした頬に満面の笑みが咲く。
そんな無垢な子供に刃を突きつけたのは、



こともあろうに実の母親だったのだ。












「ロイエンタール、聞いてくれ」
行きつけのバーでいつものように肩を並べて飲んでいると、同僚が快活な口調で切りだした。
「実は女ができた」
いきなりな告白に、口に含んで喉に落とそうとしていたブランデーが行き先を誤り、咳き込んだ。
「お、おい平気か? そんなに驚かなくてもいいだろう?」
親友は呆れ半分に笑いながら、幅の広い背中を叩いてやった。
「・・・そんなことを伝えるために卿は俺を誘ったのか。ミッターマイヤー」
「卿とは長い付き合いだからな」
「・・・・・・」
ロイエンタールは黙ってグラスを傾けた。長く付き合っているからこそわかっていそうなものなのに。
彼の、女に対する嫌悪感は尋常ではなかった。女性恐怖症とまではいかないが、彼の女への不信感は腹の底に岩のように据え置かれてある。
一生涯の代物だと思っていたし、死ぬまで持っている気でもいた。
沈黙する親友を尻目に、ミッターマイヤーは酔いも手伝い、「女」について色々話した。
名前はエヴァンゼリン。滑らかなクリーム色の髪と柔らかな藤色の瞳を持つ婦人で、料理が得意らしい。
「レパートリーは千にも昇るそうだ」
「婚約したのか?」
彼は頬を染めて「ああ」と、頷いた。
「そいつはおめでとう」
「・・・・・・なんだかあまり嬉しくなさそうだな」
祝辞に込められた刺々しい感情を敏感に察知していた。
「どうして卿は女は絡んでくるとこうもつれないのか。卿など俺よりも経験が豊富じゃないか」
「ミッターマイヤー」 彼の蒼い左目が鋭く光った。
「ったく・・・この漁色家め。足下み――・・・」
「やめろ!!」
間髪入れず拳がミッターマイヤーの頬に入る。その衝撃で彼の体はチェアから弾き飛ばされてしまった。
「・・・っ。・・・やったなぁあ〜!?」
今度は彼の放った拳がロイエンタールの頬を殴り飛ばした。ガラスの割れる音が響き渡り、客こそ少なかったものの、店内は一時騒然となった。
「いてっ。くそ、唇切った」
「俺もだ。手加減なしだな」
「卿こそ。はぁ、喧嘩両成敗ということで納めておこうか」
「賛成だ」
「―気が済んだか?」
「まぁな」
長身の親友が細長い足を伸ばして立ち上がり、まだ壁際でへたり込んでいる親友に手を差し伸べた。
「・・・・・・自慢話ばかりして、悪かった」
「こちらこそ、大人げなかった」
彼等は向かい合わせに立つと、同時に噴き出した。
金銀妖瞳の智将オスカー・フォン・ロイエンタールと笑い合えるのも喧嘩が出来るのも疾風の勇将ウォルフガング・ミッターマイヤーのみ成せる業であり、彼等に深く刻まれた友情と敬愛の証なのであった。
そして、ロイエンタールはこの、明朗快活ながら気性の率直さ故に恋人一人作るのにも苦労する不器用な親友を羨ましく思っていたのも事実だった。



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