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対面を果たしたとき、「よく来たな」の声はなかった。



ミッターマイヤーは動かなくなった友の姿を瞬きすら忘れて見つめていた。
近侍の青年が曰く、

「閣下はずっと貴方が来られるのを待っておいででした」

・・・待っていてくれたのか?
俺は卿に会うなり罵声を浴びせるか、一発ブン殴るか選びかねていたというのに。
ずっと考えていたよ・・・。

でも、これだけは一緒だよな。
“会いたかった”という気持ちだけは―――。



よかったよ。お前さんが綺麗な姿で死んでいてくれて。
よかった・・・・・・・。






部下達は何も言わなかった。
艦内には沈痛な空気が重くたなびいて、彼等の口を固く閉ざしていた。
何よりも、友の死を悼む上官に対する無礼であると皆が理解していたからでもある。

「・・・・・・・」

―ん?

と、思ったのはバイエルライン大将だった。
何かが聞こえる。
顔を上げて遙か前方を見やると、はっと息を飲んだ。











いつの日だったか、ロイエンタールは自分の過去を話したことがあった。

「この両目のせいで母親は精神的に追いつめられ、ナイフでえぐろうとしたんだ。まだ訳もわからん子供の目をな」
「まもなく母は自殺して、父は徹底的に俺を憎むようになったのさ。だが俺はそれを理不尽だと思ったことはない。
憎まれて当然だったんだ。・・・俺は生まれてくるべき人間ではなかったんだよ」

冷たい笑顔の中に浮かぶ瞳が印象的だったのを、ミッターマイヤーははっきり憶えている。
いたく悲しげな光。涙こそ流れてはこないが、それは明らかにロイエンタールがたった一人で背負い、責め続けてきた己への深い悲しみと嘆きだった。
その思いは今となって、彼の穏やかな死顔と会って、痛いほど伝わってくる。
ミッターマイヤーは遠くに視線を凝らしていた。

―生まれてなければ俺とも会ってないってことを、どうしてお前はわかってないんだ。
俺はお前との付き合いは義理だなんてこれっぽっちも思っちゃいない。友達になれて本当によかった・・・。俺はお前と肩を並べて戦場に立てることが何より誇りだったんだから・・・

拳を握りしめても唇が切れるくらい噛み締めても、もう止まらなかった。

―ロイエンタール・・・何故もっとゆっくりしていかないんだ・・・別れの挨拶ぐらいさせろよ・・・・・・
おかげであの酒、飲めんかったじゃないか・・・・・・・・・・。


いつしか灰色の瞳から涙が溢れ、次から次へと床にこぼれ落ちる。
声にならない叫びが、銀河に放たれた。


「ロイエンタールの・・・大馬鹿野郎・・・」
















後日。
名無しの赤ん坊を連れて、ミッターマイヤーは自宅へ帰った。
「ウォルフ! あなたっ」
「エヴァ! ただいま」
二人は抱き合い、互いの頬にキスをすると、夫の方が話を切り出した。
「土産というわけではないんだが・・・・・・・」
「まあ!」
落ち着いたダークブラウンの髪。
突き抜けるようなスカイブルーの瞳。
エヴァは夫からその子を抱き取って、聞いた。
「一体どこのキャベツ畑から拾ってらっしゃったの?」
ミッターマイヤーは妻の意外な反応に、内心驚いた。
「えっと・・・それはだな・・・・・・」
しどろもどろしていると妻はあっさり答えを言ってのけた。
「わかってます。ロイエンタールという名の畑でしょう?」
「・・・・・・!」
「それにしても綺麗な目をしてますのね・・・この子」
「エヴァ・・・その・・・」
彼は我が目を疑った。
そこにいるのは友の死を悼む自分の妻ではなく、一人の赤子の母親だった。
彼女はニコリとして、
「私この子を育てます。精一杯愛情を注いで、幸せな人生を歩めるように・・・。あなた、差し出がましいでしょうけど、私に名前を決めさせてください」
「あぁ。いいよ。もちろん」
「・・・・・・・フェリックスというのはどうかしら? 昔の文献に書いてあったんです。“幸福”を意味する名前だと」
ミッターマイヤーは微笑んだ。
「フェリックスか・・・。良い名だ」











なぁ、ロイエンタール。

フェリックスが大きくなったら、いつかお前さんのことを話してもいいかい?


「お前の本当の父は俺の大親友で、偉大な将軍だったのだ」と――。


俺がそっちに行くのは大分後になるだろうけど、

きっと待っててくれよ。『疾風ウォルフ』だなんて、クソ喰らえだ。

あ、そうそう。俺が来るときには極上の酒とグラスを二つ用意しとくんだぜ。

忘れるなよ。オスカー。



それじゃ・・・。

















こうして、ミッターマイヤー家に新たな家族が加わった。


ちなみにフェリックスが「本当の父」を知ることになるのは当分先の話・・・。

fin.



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