白昼夢

「おじちゃん」と呼びかけられるまで、自分はどこで何をしているのかわからなかった。
我に返ったとき、緑滴る森の中で木の如く空を仰いで突っ立っていた。

「お日さまの色をしらべてるの?」
「え・・・」

すぐ側に佇む少女―背はちょうど自身の膝小僧に頭の頂が到達する程度で、褐色の健康な髪が陽光を反射して黄金色に輝いている。
彼女の質問に答えられないでいれば、
「だけどそんなにずっと見てたら、お目々つぶれちゃうよ」
「・・・・・・」
彼の眼はいくら太陽を凝視したところで潰れたりはしない。なぜなら常人では普通有り得ない電子回路が無数に交差する人工眼球のおかげで光の強弱などは勝手に、容易に調節されてしまう。よって失明する恐れは皆無なのだ。
二の句さえ告げられずにいると、どこからともなく少女を呼ぶ声が聞こえてくる。
「あ。行かなくちゃ。じゃあね、おじちゃん!」
そして、
「いーい? お日さまを見過ぎちゃダメなんだからねー!」
少女はそう言い残して森の奥へと走り去った。
そこで彼の視界は一旦、零になった―。






「閣下」
次に彼を呼んだのは年若い男だった。
途端に視界は開けて、まず茶色い広々とした机に置かれた書類の数々。向かって右の側壁には重厚な書物ばかりが陳列されている本棚。それから、目の前に立つ男を振り仰いだ。
「・・・何だ?」
「“何だ?”じゃないでしょう」
正直この男の顔は今はあまり見たくなかった。彼は垂れた目尻と薄い唇に意地悪い微笑を浮かべて、言った。
「閣下ともあろうお方が居眠りとは珍しい・・・是非ともこの貴重な光景を記録に納めておきたいものですな」
まだぼんやりとする頭を抱えて、独りごちた。
「・・・夢を見ていた」
「ほお・・・どんな夢ですか?」
「・・・・・・太陽を眺めている夢だ」
「へぇ・・・?」声のトーンが若干低くなる。
「あと、少女がいたな・・・太陽を見すぎるなと・・・」
男はついに溜息をついて、
「閣下は幼女趣味がおありでしたか」と、零した。
すると意識は一気に覚醒し、さながらドライアイスの冷気を帯びた鋭い眼差しを彼に向けた。
「・・・卿は戯言をほざくために私を訪ねた訳ではなかろう」
「はいはい。失礼いたしました」
自分からしゃべり出したくせにと思いつつ、本音は呑み込んで用件を述べ始めた。
瞼を閉じ、耳を澄ませば様々な音が現れる。鳥のさえずり、木々の囁き、風の音・・・。
視覚を追い求め、神経を研ぎ澄ませば音は全て消え、あらゆる色彩が自分を取り巻くだろう。空の青、草木の緑―
彼はふと、呟いた。
「太陽は、何色をしているのだ・・・」
「は?」
答えなどわかるはずもない。その眼は生まれてまもなく死んだのだ。
「いや、何でもない」
彼はそれきり黙って書類に眼を落としていた。





初登場オーベルシュタインです。リハビリ感覚で書いた物です。
inserted by FC2 system