「寒いなあ」
「ああ」
北風が容赦なく全身に打ち付け、自然と肩が萎縮する。
空では幾層にも重なり合った鉛色の雲からこっそり頭を出した太陽が頼りない光を送っている。
「寒い寒い」
冷たくかじかんだ手に吐息を掛ける。
「同じだろう」
「・・・みたいだな」
「そんなに寒いか? 卿は見かけによらず寒がりだな」
「だって寒いじゃないか。そう言う卿こそ強がり言ってるんじゃないのか?」
「別に強がってなどない。素直に寒いと思っているが」
―・・・なんか気に喰わん。
余裕しゃくしゃくの横顔が無性に腹立たしいのは寒さで気が立っているからなのだろうか?
「なぁ。手を出せよ」
「何故?」
「いいから出せって!」
と、外套のポケットに無理矢理自分の手を滑り込ませた。
「わっ。冷たっ!」
長らくポケットに潜っているはずの彼のそれは予想に反していた。
「卿の手が温かいせいだろう」
「だが、お前さんはずっと手を突っ込んでいたのに・・・どうしてこんなに冷たいんだ?」
聞かれて、「さあ」と肩を竦めたがややあってこう呟いた。
「俺が本当に冷血な男である証だろう・・・」
風がより一層強く二人の足下をすり抜けていく。
密かに「馬鹿なことを言うな」と、叱られるのを期待していた彼にとって、これまた予想外な反応が届いた。
誠実で真面目な親友は少し間を置いて話しかけてきた。
「・・・知ってるか? 手が冷たい人というのは実は温かい心の持ち主なんだそうだ」
「何!?」
「エヴァが言っていた。だから卿も本当は―」
「くだらん」と、一蹴した。
ばかばかしい。
そんな話に科学的根拠があるわけもなし。
これだから『女』というものは・・・・・・・
大体すんなり真に受けるこの男もどうかしてる。
一人胸中で散々悪態をついていると、悪戯小僧の如き親友の顔がぬっと覗き込んできた。
「俺がまともに答えるとでも思ったかい? 甘いよ、ロイエンタール君」
鼻の頂が赤らんだ『してやったり』な顔に思わず噴き出しそうになる。
「いや、奥方の言葉を受け売りにするとは『疾風ウォルフ』も中々可愛い真似をするじゃないか・・・」
「何だと!?」
「一介の勇将でも思いつくまいよ」
と、ニヒルに笑いかけてしまえば勝利は得たも同然だ。
案の定彼はカチンと来たらしい。意外と短気なのだ。
「この野郎・・・・・・! というかな、いい加減この手を放せよ!」
「先に握ってきたのは卿だぞ」
「知るか! 放せったらこのっ・・・バカ! オタンコナス! 放せ!! 放しやがれ!!」
固く繋がれた手と手が幾度と宙を舞う。
雪が、降ってきた。