前奏〜結婚行進曲

『ミラクル・ヤン』も、こればかりはさすがに頭を抱えずにはおれなかった。
戦略においてはどのような逆境も困難も退け、「不敗の名将」と讃えられる華麗さを極めてあらゆる危機を脱してきたが、今回は彼の脳髄を埋め尽くすまでの魔術を以てしても通用しないのだ。
―もともと、彼の専門外なのだから余計に。
そのことを自覚しているのかしていないのか「ミラクル・ヤン」はぼやいた。
「勇気が要るよなぁ」
「何弱気なこと言ってるんですか」
そんな彼をぐるりと取り囲むは信頼の置ける部下たち。・・・なのだが。
「今言わないで一体いつになったら仰るおつもりですか?」
幕僚最年少の少年が憮然として言う。他の人間達も賛同して頷く。
「ユリアンの言うとおりです。先輩、ここはドーンと一発かましちゃいましょうよ」
「・・・・・・・自信がないよ」
「まだほざくか。いいか? 要は『当たって砕けろ』の精神だ。受身で相手の出方を窺おうなんざ甘い考えは捨てろ」
と、言うのは魔術師の先輩だ。
ヤンはじとりと彼を仰いだ。
「・・・では先輩は一発で決められたんですか?」
「当然だ!」
あまりにはっきりと即答されてしまい、ヤンは閉口して唇を尖らせた。振り返ればフロントヴィジョンに漆黒の銀河が映る。
どうしてこれほどまでに自分の私事にみんなが首を突っ込んでくるのか。普段であればそれを諫め、傍観席にどっかり腰を据えているはずの年配者たちも「けじめは付けるべき」といらぬ進言をよこす。
ヤン・ウェンリー麾下一の色男が進み出る。
「勇気なんてさほどいりません。どれだけ自分の思いの丈を率直かつ自然に、よりシンプルに伝えられるかが肝心なのです」
「・・・・・・」
すると入り口のドアがスライドして、お目当ての人物が入ってきた。
「あら? 皆さんお揃いで・・・」
「グッドタイミングですな、大尉。―では閣下、小官らはこれにてお暇いたします」
「そうだな」
「提督、ファイト!」
野次馬達は各々激励したり仰々しい敬礼を交わして去っていった。
魔術師とその副官は取り残された。
「どうかしたんですか?」
靴音が近づいてくる。ヤンは彼女の方を振り向かなかった。
フレデリカは気を取り直して尋ねた。
「ご用件は?」
「え?」
思わず振り返るとヘイゼルの瞳が視界に入った。
目が醒めた心地がした。
「よ、用件って・・・私は何も」
彼女の方も意味がわからず当惑しているようだった。
「ですが、先ほど連絡がありました。閣下がお伝えしたいことがあるから司令室まで来るようにと・・・」
「なんだって・・・!?」
その時ヤンの脳裏をよぎったのは様々な部下達の顔。


―やられた・・・くそっ・・・。

ベレー帽を脱ぐと片手で思い切り握りつぶした。
「・・・閣下?」
ヤンは小さく溜息をつくと、
「・・・・・・さて、本当にどうしたもんだい。なぁ? 大尉・・・いや、ミス=グリーンヒル」
呪文はたった一言。目一杯の思いとほんの一握りの勇気を使って。

―当たって砕けろ・・・・・・・か!

魔術師はいよいよ人生初にして最大の魔法を唱えようとしていた。



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