ラヴ・フォン

―四時。執務終了時刻まで後一時間。
「・・・閣下?」
「はっ、はい!」
・・・しまった。いきなり呼ばれて思わず威勢良く返事をすると、大きな机の脇に立つ部下が盛大な溜息をつくのがあった。
「そんなに見つめても針は決まった間隔でしか動きませんよ」
「う・・・・・・」
見透かされていたか。くそ。
「こちらに専念された方がよっぽど時の経つのが早いと思われますが? さ、ここに署名を・・・」
「・・・うん」
こうして、仕方なく山積みにされた書類を処理していく。一通り目を通して、了承できればサインをする。承諾しかねる場合は保留の後議論をする。
ともかく気の遠くなるような単純作業が延々と続くのだ。その間もカチコチが気になって仕様がない。
「閣下、コーヒーでも飲まれますか?」
「ん? あぁ、頼むよ」
部下が支度をしに部屋を辞するのを見送り、すぐさまヴィジフォンのスイッチを押す。
しばらくのコール音。
心臓の鼓動がやけに高鳴る。・・・いい加減に慣れてくれないかなぁなどとブチブチ言っていたら、


―はい?

「・・・もしもしっ? エヴァ?」
やべっ。声が上ずってら。

―まあ、ウォルフ? どうかなさったの?

「え。い、いや・・・別に、ただ、君の声が聞きたくって・・・・・・」

―あらあら。よろしいの? 今はお仕事中ではなくて?

コロコロ鈴の鳴るような声に、うっとり聞き入る。

―もしもし? あなた?

「あ、ああっ。〜・・・君こそ今何をしてるんだい?」

―私は今からお夕食の買い出しに行くところよ。

「そ、そうか・・・・・・」

―今日は早くお帰りになるの?

「ああ。早く帰れそうだ」

―そう! でしたら腕によりを掛けてお食事を作らなくちゃね。

「楽しみにしてるよ」

―ええ。気をつけて帰ってらしてね。

「うん。それじゃあ・・・・・・あ! エヴァ!」

―なぁに?



「・・・愛してるよ」



プツッ。・・・・・・




「閣下?」
「!!」

電話に夢中で気がつかなかった。入口のドアの前に眼を細めてこちらを睨む部下の姿。

「一体どこのどなたと通話されておられたのですかな??」
「へっ。い、いやっ、これは・・・その・・・」
しどろもどろしていると、彼はコツコツと靴音を鳴らしてやってくると持ってきたコーヒーカップを実に品のある所作でもって机に置き。

―ドサッ。

「・・・・・・・これは?」
「追加の案件です。是非今日中に目を通して下さい。あと、差し入れのコーヒーです」
百科辞書並の分厚さがある書類が机にもう一つ山を増やすことになり、もはや時計の針を見つめる余裕などなかった。




この夫婦のラブラブっぷりには部下たちも閉口する勢い。この話で出ている部下はビューローです。
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