次の「一歩」

永遠の夜の中で彼等は戦い続けている。
朝日を拝めぬ日を幾つも重ねて目的地も終着駅もない漆黒の大海に、巨大な艦が何隻も流浪し次々と底のない世界へと沈んでいく。
これこそ、彼等の人生の「節目」なのかもしれない。



「・・・撤退する」



また一つ、戦争が終わる。
敵だけでなく味方も、多くの人間たちが銀河の藻屑と消えた。
かろうじて生き残った艦の司令官は部下が立ち去ったのを確認すると濁った息を吐き出した。
「・・・・・・・また一歩、死に近づいたことになる」
「縁起でもないことを仰らないでください」
溌剌とした若い声が彼の背中を軽く叩いた。
振り返ると、真新しい軍のベレー帽を被った青年が頼まれたティーセットを運んで現れた。幼い面影を色濃く残した彼の顔は一言にして「精悍ではあるが初々しい」。
司令官は困った微笑を彼に向けた。
「だが違うかい? 私は戦争が始まって・・・終わる度に寿命が削られていく気がしてならないね」
「お気持ちはわからなくもないですが」
青年は明るいメイプルの瞳に屈託のない光を孕ませて、言った。
「けれどそう考えていたら毎日生きた心地がしませんよ。僕は嫌だな・・・」
「ではユリアン。君は今の自分を取り巻くこの状況をどう考えているんだい?」
彼はやや背筋を伸ばし、軍師が大将に策を申し述べるように口を開いた。
「僕は戦争が起こるたびに生きる事へ近づいているのだと思います。―つまり、“次の生”へです」
「・・・“次の生”?」
「はい。今ここにこうしていられるのも、先ほどの戦いで生き延びたおかげです。それは僕らが生きることへの次の段階へ上ることができたことを指します」
司令官は眼を細めて新米兵の言に耳を澄ませていた。
「犠牲になった方々のおかげで、僕たちは生きられる。このことに感謝しないとだめなのではないでしょうか?」
「・・・・・・・戦うことが生きることに繋がる。と?」
ユリアンはしっかり頷いた。
―驚かされる。自分とこの子とでは「戦争」に対する思いが全く別の方向を示している。そのうえこの若者はそこに光を見いだそうとしているのだから。
何てことだ。
どちらの意が正しいのかは判断しかねるが、司令官は単純に「成程」とは口に出来ない葛藤に襲われた。
すると、何の感慨も浮かばない顔を見ていた青年が更に語を紡ぐ。
「・・・提督は一体何のために戦っておられますか?」
「―え」
彼は霞がかった頭で年若い部下の説教の詞を必死に絞りだそうとしていたところだった。
「生きるためではないのですか?」
脳髄に雷が一筋奔ったかのような衝撃だった。

ああ、そうか。
戦わなくては生きることも、死ぬこともできない。
現在はそういう時代なのだ―。

提督は心臓がひんやりしたのを感じた。


「やれやれ・・・」と、嘆息する。
「まだ先の長いお前にそんな台詞を堂々と吐かせるなんて・・・非道い世の中になったものじゃないか」




そして、頭に乗せてあるだけのくたびれたベレー帽で顔を覆った。




・・・なんかこんなテーマで書いてはいけなかったのかもしれませんが、書いてみました。
銀英本編からしばし離れているとユリアンとヤンの戦争観ってどうなんだろうと思うことがありましてね。
それで、おそらくこうは考えてはいないと承知で書いた、捏造もええとこの試作品です。
ですからどうかあまり気にしないで読んでください。
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