The impenetrable moment

決断の刻が迫る。


かつて戦場を、生死を共にした親友に「死」を与えることになる人生など一体誰が想像できただろうか。
彼は敷き詰められた真紅の絨毯の一点を穴の開くほど見つめるだけだった。

―勅命とはいえ、このような・・・・・・・

その腹の奥底には皇帝に対する一分の憤怒をも超越する感情が芽生えたが、それが何者であるのか本人もわからない。
懸命に親友を弁護するも、目前に佇む若き皇帝は頑なに退けてしまう。
「此度、卿には拒否する権利がある。・・・その場合、余自身が直接手を下すこととなるが・・・・・・どうする?」
足が戦慄く。自分よりも年若い銀河の皇帝が壊さんとする一人の忠臣の生命が、彼の掌中で鋭く光っているようで居たたまれなくなった。
彼は唾を飲んだ。喉仏がギクギク蠢く。
こんなにも己の無力さを恨んだことはない。
かくに残酷な時間。ひたすら冷静に佇む現実、そして無情に流れていく運命を呪った。

人間は何よりも劣る弱小な生き物だ。
また唯一勝ち得るものは同じ人間だけである。
人はどこまでも人を追いつめて破滅していく様を面白可笑しく傍観している。

そうだ。
ここまで追い込んだのは人間だ。
・・・奴は被害者なんだ。

何故被害者が加害者よりも先に死なねばならない!?


・・・・・・・よりによってどうしてお前なんだ・・・。
一番死ぬべきではない人物が短くして生涯を終えようとする?


―何かあったのか?
・・・卿は以前己の出生を口にしたことがあったな。
そのことと関係があるのか?

これは受け入れてはならぬ死だ。卿こそ望むべき死ではないだろう。
殴り飛ばしてでも、卿の言う「夢」や「野心」をぶっ壊してでも止めてやる。
俺が・・・・・・!!


「ミッターマイヤー!!」


名を呼ばれた帝国元帥は頭から水をかぶせられたかの如く顔を上げた。
もう悩む時間も猶予もない。
獅子帝が向けた眼差しが冷たく突き刺さる。銀河に名を馳せる勇将をも愕然とさせるほどに―。

ミッターマイヤーは奥歯を強く噛み締めると、深々と頭を下げた。
「・・・勅命、謹んでお受けいたします・・・」
絞り出した声が絨毯に染みこまれていく。そして、


―後悔など、するものか。
瞳を閉じ、その言葉を幾度となく胸に投げかけたのだった。







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