手紙

お元気でしょうか?
あれから、もう一年が経とうとしています。


僕は今ミッターマイヤー元帥夫妻のもとで元気に暮らしています。
夫妻のお子さんとなったフェリックスは近頃「ファーター」「ムッター」が言えるようになりました。
彼は両眼がロイエンタール閣下の瞳の片方とちょっと似てるなぁと思って見ています。
奥様はお綺麗で心優しい親切な御夫人です。
お料理の腕は天下一品でどれもこれも格別美味しいときたものです。お菓子を作ることもお好きだそうで、特にアプフェルクーヘンは旦那様である元帥も大好物だそうです。
フェリックスを実の子にするように愛情を注いで居られます。気さくな方で、僕も買い物に同行させていただいたり、お茶をご一緒させていただいたりいています。
ミッターマイヤー元帥は首席元帥としての職務に追われる毎日で、ご自宅にお帰りにならない日がほとんどです。たまにお帰りになると、奥様にキスをし、お子さんを抱き上げて「ただいま」の挨拶をなされます。
そこへ僕が「おかえりなさいませ」と現われると、まるで父親というよりは叔父のような感覚で「ただいま」と声を掛けてくださいます。また、「勉強は頑張っているか?」とお尋ねになり僕が「はい」と答えると嬉しそうに「そうか」と仰るのです。
ご夫妻は大変仲睦まじく、元帥も休みの際は家事を進んでお手伝いされたり、誕生日や結婚記念日は把握されていて、奥様に花束を贈られたりするなどの愛妻家ぶりはほとほと感心させられます。

僕は士官学校に通うため、奥様の家事を手伝いながら勉強に励んでいます。
実はこの事を打ち明けたとき、お二人からはあまり良いお返事を貰えませんでした。
今日も奥様が、
「ハインリッヒ。本当なら私もウォルフも是が非でも貴方を行かせたくないの」
「だって、軍人になれば戦争に征くでしょう? 戦争から生きて還ってこられる保証は無いし、例え自分は運良く還ってこられたとしても、貴方のお友達は死んでいたりするわ・・・」
―戦争は私たちに良いことなんて、一つもしてはくれないんだから。


・・・・・・・僕は、人の死を看取ったことがあります。
その方の最期は静かにゆっくりと深い眠りに落ちていくようでした。美しいと思わずにはいられなかった。―今でもそう思います。
奥様がいつもそのような不安を抱いておられることに今更気がつきました。そしてそれは元帥が元帥であられる限り癒えることはないのです。
決してあのお方のような最期を遂げたいわけではないし、全く違う最期を迎えるのであれば、とても幸福な終わり方であって欲しい。でも、僕は宇宙へ征きたい。閣下と元帥があらゆる思いを馳せていたであろう、あの果てしない銀河へ―。
征けば閣下にお会いできるかも知れない。ばかげた妄想なのでしょうが、僕は本気で信じているのです。



「軍服を纏わないで死んでいく軍人に、俺はなりたいな」


その夜、勉強を見てくださっていた元帥がこう仰いました。
「何故ですか?」と、お聞きしたら、
「最期を看取ってくれるのは部下でも同僚でもなく、家族がいい。―だって、宇宙に独りで散るのは寂しいじゃないか」
と、言ってにっこり微笑まれました。


閣下。貴方はどうだったのでしょうか?
貴方が迎えた、ご自身の最期は・・・・・・・



「ロイエンタールはほぼ満足だったろうよ。ただ一点だけ、不服があるとすれば」



僕の考えていたことを、この方は察しておられたのです。


「君が奴が死んだ後に俺が到着して、言ったろ。『閣下は貴方が来るのをずっと待っておいででした』。・・・きっとあいつは俺に看取って貰いたかったのだろうな・・・・・・」


仄暗い部屋で灯に照らされた元帥の目はキラキラ輝いていました。















閣下。明日は貴方の命日ですね。
僕らは一家でお墓参りをするつもりです。
もちろん、フェリックスも連れて。












明日は晴れるといいな。



ランベルツ君の手記みたいなものでしょうか。
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