じゃんけん

ローエングラム元帥の部屋を訪れたミッターマイヤー上級大将が見たのは異様とも取れる光景だった。
「ジャンケンぽん!」
「・・・あの」
「あいこでショ!」
「お二人・・・」
「あいこで―・・・」
「失礼ッ!!」
執務室の巨大なデスクの前で向かい合っている上官とその腹心の部下は揃って声の方を振り返った。
開いた扉のすぐ脇でミッターマイヤーはぽかんと開口したまま佇んでいた。手にはサインを求めている書類が抱えられている。
「やぁ・・・ミッターマイヤー提督」
ようやく先に話しかけてきたのは赤毛の若者の方だった。
「お恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
「キルヒアイス提督。これは一体何事ですかな?」
尋ねられた青年はやや頬を赤らめて、苦い微笑を浮かべている先輩提督に釈明を始めた。
「いえ、実は昼食をどちらが二人分買いに行くかをじゃんけんで決めようとしていたのです」
「ほお・・・じゃんけんですか」
ミッターマイヤーは得心言ったように髭のない顎を撫でて言った。
「それがどうしてかなかなか勝負が決まらなくて・・・」
「キルヒアイス、もう一回だ。これで片を付ける」
後方で黙っていた金髪の若き帝国元帥はその薄氷色の青い瞳に闘志を滾らせていた。










コツコツと小気味良いノックの音に応じると、親しい僚友が入ってきた。
「何だ? どうかしたか」
「ぼちぼち昼の休憩だろ? ―なぁ、じゃんけんしないか」
「じゃんけん?」
書類から顔を上げた男は眉間に皺を寄せ、怪訝そうに親友を見つめた。
「どうしてまた?」
「別に理由はない。ただ、今日の昼飯はどっちが買ってくるか。―コインではなくじゃんけんで決めよう」
にこやかに言って手をヒラヒラ振ってみせると、渋い顔をしていた彼はいつもの唇の端を少し持ち上げた、感情量の少ない微笑を浮かべると。
「・・・よかろう。ただし言っておくが俺はこの手の勝負では負けなしだ。―後悔するなよ?」
「小癪なことを言ってないで。ほら、行くぞ! ジャンケン―・・・・・・」






はてさて。どちらが勝ったのか。
大神オーディンは勝敗の行方をうっかり見逃してしまった。


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