缶ジュース、君と一缶

あの日のベンチは白く塗り替えられていた。
「何ボケッとしているの?」
凛と研ぎ澄まされた声に、弾かれたように顔を上げると、彼女は紅茶を流し込んだ明るい褐色の髪を夏の陽射しでトパーズ色に輝かせながら、横に腰掛けた。
「ここ、よく来るわね。あなたの特等席?」
青年は意味深に白い歯を見せ、笑って見せた。
「・・・提督とここで話したことがあったんだ」
―単身別行動を取らされることがどうしても納得できずふて腐れていたら、


「ユリアン」


ぎこちない様子で缶ビールを二つ持って現れた提督は、上司であり、父親であった。
何とも頼りなげなこの父親は自分の身辺にとかく無頓着で、軍にいることを嫌がるそばからトントン拍子に昇格していく。
「父親の鑑」とはお世辞で終わってしまいそうだが、ユリアンにとって彼の存在は人生における大いなる道標だったのだ。

死ぬまで付いていこう。
彼を守れるのは自分しかいない。


司令室のデスクの上。巨大なフロントヴィジョンに映る壮大な宇宙を睨み続ける英雄の猫背を見つめながら、少年は密かに決心していた―。



「子供のクセに」
「うん・・・。思えば僕はヤン提督の養子になったからちっとも子供らしいことしていなかった気がする」
「生意気よ。アンタって」
「提督もそう思っていたろうな」
隣で彼女の目がきらりと光るのがわかった。
「それは違うわ」
ユリアンは驚いて振り向く。すると、彼女の気の強い紫水晶の瞳が捉えて離さない。
「ヤン提督はあなたのことを弟子としても子供としても愛してらしたわ。生意気だろうと大人びていようと、あの人にとってあなたは生涯『愛する息子』以外の何者でもないんだから」
「・・・・・・」
「―・・・私はね、あなたたち親子が羨ましくってしょうがないのよ」
父親があんな男だから? 生まれてすぐ自分と母親の下を去っていったから。
頭を撫でてくれたり、「心配かけるな」と言葉を掛けて貰ったことのない娘は、実の父にでさえ、反発することでしか接する術を見いだせずにいる。
彼女の目がどこか淋しげに揺れた。

「私・・・・・・あの男を一生「お父さん」って呼べないかもね・・・」


何も言葉を返せなかった。だが、彼女の発した言葉の端に潜むのは憎しみや恨みをかけ離れた、別の次元にある感情なのだと思った。―確信はできないが。
けれど、思ったより口調が優しかったから・・・。
「ねぇ、カリン」
ところが、ユリアンが呼びかけるより早く、彼女は席を立ち向こうは行ってしまった。
―困ったな・・・。
仕方なくベンチの背もたれに背中を預け、移りゆく時間をぼんやりと過ごしていた。



「ユリアン」



ややあって、頭上に声が届いた。



「ね、飲まない?」





明るい笑顔で現れた彼女が両手に持っていたのは、ビールではなく缶入りのオレンジジュースだった。


若いモン同士で語り合わせたかったんです。
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