Triangle

言やァいいのに。

心の中の自分が悪態を付いた。

―どうして言わないんだヤン・ウェンリー。お前は彼女に惚れてるんだろう?
「惚れてない。・・・綺麗な人だとは思っているがね」
―その時点でとっくに惚れてるんじゃないか。お前は愛しているんだ。
「大袈裟だ」
―大袈裟なものか。証拠に、お前は友人に嫉妬していて、彼女を奪われやしないかと怯えている。
「・・・・・・・」
―後悔先に立たずだぞ。ヤン・ウェンリー・・・。
「敵うものか・・・敵いっこない。あいつには」
立ちはだかる強敵に敗北必至の勝負を挑む勇気など、さらさらなかった。





ジェシカは考える。
快活で人付き合いも良く、踊りのセンスは抜群。話題も尽きることなく楽しませてくれる。
笑声朗らかで一緒に居てて退屈しない。
申し分ない人よ。勿体ないくらい。
好相性かつ充分魅力的なジャン=ロベール。
――でも、
友人の輪から一人離れたところでぼんやり外を眺め、何を考えているや知れず。お世辞にもおしゃべりやダンスが上手いとは言えない。
会っても話は長続きせず。訪れる沈黙。俯くヤン。
けれども、彼のもたらす静かな一時は苦痛ではなかった。穏やかで、優しい彼の色々な思い降り積もっていくようで―。

それなのに何故ヤンは自分に何も話してくれないのか。



「ねぇ、ヤン。何か私に言いたいことってない?」
咄嗟に尋ねてしまった。
「ね・・・」
「・・・ん。いやぁ・・・ないね」
「本当?」
「うん。本当」
彼の横顔に垂れかかった長い前髪が、彼の表情を隠していた。




―良いの? あなたはそれで後悔しない?
じゃあもう何だっていい。
これだけ、話して頂戴。
誰も知らないあなたの夢を。
少しでもいいから・・・聞かせて・・・?


お願い―。












「俺、ジェシカにプロポーズしたよ」
いつもの帰り道。
横を並んで歩いていたヤンの足がぴたっと止まった。
僅かに前を行ったところで、ジャンも止まる。
「・・・プロポーズ、したのか」
「ああ」
「・・・彼女は、何て?」
「Yesと、応えてくれた」
ヤンは体温が急速に低下していくのがわかった。
「そう、か・・・。そいつはよかったな。おめでとう」
笑うなよ。
こんな醜い笑顔で、祝ってやるもんじゃない。
心から祝福できるわけないだろうが。
「無理すんなよ。ヤン」
前に立つ友人の背にオレンジ色の後光が差している。
「ごめん」
「謝ることない。むしろ謝るのは・・・俺の方かもしれん」
「ジャン!」
ヤンは声を張り上げた。
「やめよう。・・・もう、いいんだ。お終いにしよう。俺たちがこんなだとジェシカに悪い」
そうさ。終わったんだ。
俺の不戦敗で。
「心から祝福するよ。―おめでとう、ジャン」
と、言って自らの手を差し伸べた。
しがみつくように握ってきたジャンのそれは爛れるかと思うほど熱かった。




後悔はなかった。
ジャンが戦死し、ジェシカと再会するまでは―。
やがて彼女の死を報されたとき、あの質問が頭をよぎった。
あの時彼女の問いかけを真摯に受け止めなかった自分に腹が立った。
一握りの勇気は持っていたかもしれない。ただ自身が満足に活かせなかっただけなのかもしれない。

だが今となっては疾に過ぎたことでしかあらず、
彼に残された術は艦内の一室で呆然と二人の冥福を祈ることだけだった。




ビリー・ジョエルの曲をモチーフにしたものです。
ミッターマイヤー夫妻で書こうとしてたら彼等が出てきたので、彼等に配役チェンジ。
曲とは打って変わって薄暗い仕上がりになってしまいました・・・
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