緑の薔薇

今日もあの子はやってくる。
走って、やってくる。




 弟に出来た初めての友達は赤毛の少年だった。
ルビーを溶かして染めたような真っ赤な短い髪は少しカールしていて、朝の風にふんわり泳ぐ。
「アンネローゼさぁん!」
「あら、ジーク。おはよう」
そう呼べばふっくらした頬がにわかに色づく。
私は彼の名前が気に入っていて、だから『俗な名前だ』なんて言った弟がつい、可笑しく思えてしまう。
「ラインハルトはいるの?」
「ええ。居るわよ。お上がりなさいな」
「ううん・・・ここでいい」
「では、呼んできてあげましょうね」
「いい」
「え?」
彼は小さな声で、「アンネローゼさんに用があるんだ」と言って、その場に立ち竦んだ。
―私に?
俯いてじっと黙りこくってしまった。耳たぶまでが髪の色に染め上がっている。
「ジーク? どうかしたの?」
返事もない。―心配になって傍へ寄り添う。かがんで顔を覗き込もうとしたら、首を捻って目を合わせるのを嫌がった。
何があったのだろうか。
「具合でも悪いの?」
彼は強く首を横に振った。
「じゃあ・・・どうしたの? 私に話せることなの?」
今度はしっかり頷いた。
「なぁに?」
すると、意を決したのか勢いよく顔を上げた。
「・・・ぁ・・・あのねっ」 声が上ずっている。
その瞬間、私は内心ひどく驚き、動揺した。
見据えてくる眼差しは一大決心をしたかのような、巨大で力強い光が宿っている。海の底より深い碧の瞳はどこまでも沈んで行ってしまいそうで、けれど冷たくはなく、むしろ包み込むような温もりを帯びていた。
この瞳に吸い込まれたら・・・・・・・一体どうなってしまうのだろう。
光のまばゆさに眼を細めていると、澄んだ声が耳を打った。
「あのね! ぼく、アンネローゼさんのことが好きなんだ・・・!!」
瞳にあった光が大きく弾け、私は声すら出せず片手で自分の口を覆った。
他愛のない子どもの告白なはずなのに彼の声は心を激しく震わせた。
この幼さでこんな目をするなんて、信じられない―。
と、そこへ鼻先に甘い香りが漂う。
「今日、誕生日でしょう?」
「・・・・・・・あ」
少年が差し出した一輪の深紅の薔薇。
躰の芯が震えて、熱さえも感じる。
この子は大人になったら―誰とどんな恋をするのだろうか。
「・・・まあ・・・ありがとう、ジーク・・・」
―私は何を気後れしているのかしら。
受け取ろうとした時、茎を持つ小さな指先が赤く濡れていることに気づいた。
「ジーク・・・あなた、指を怪我してるわ・・・!」
「え? ―あ」
途端に普段の愛くるしい表情を取り戻したのには、私も唖然とした。
「とげが刺さったんだ」 などと、ケロリとしている。
「大変。すぐ手当てしないと・・・さ、上がってちょうだい」
私が一人慌てて家に上がろうとすると、彼はエプロンの裾を引っ張った。
「待って! ぼく、まだ言うことがあるんだ」
「何?」
振り返ると太陽のような笑顔があった。



「誕生日おめでとう」



私はその無邪気な声に、そっと胸を撫で下ろしたのだった。




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