彼の子

「ただいま!」
今日も彼は元気よく帰ってきた。
「やあ。おかえり」
背も伸び、凛と張った声はまだまだあどけなくて。
幼年学校の一年生になったばかりの息子には、すでに親友が出来ていた。
「今日もお屋敷へ行ってたのか?」
「うん! ヒルダお母様がお茶をご馳走してくれたんだ」
「あまりご迷惑を掛けてはいけないぞ。皇太后陛下はお忙しい身なのだから」
「だって・・・アレクが来ても良いってゆうんだもの」
ちょっぴりしょげてしまった頭を撫でてやる。ほんのりと飴色がかった黒髪は柔らかい。
「殿下とは仲良くするんだぞ。喧嘩なんてこれから先いくらでもするだろうが一生袂を分かつような喧嘩だけは決してするな」
「はい。お父さん」
空の青を写し取った両目はまっすぐに父親を仰いでいた。
父親はまるで自分を戒めているかのような口調に、思わず苦い笑いを噛み殺し、息子から目を反らしてしまった。
―もし、成人して、声までもが同じならばどうしよう・・・。などと考えてしまう。
彼は息子を愛していた。そして、その半分の量で恐れていた。
「お父さん? どこか具合悪いの?」
「あ、いや・・・」
奥のキッチンから妻の呼ぶ声がする。
「さ、行きなさい。母さんが呼んでいる」
「はーい」
見送る後ろ姿に、一瞬胸を締め付けられた。
子供を見つめる眼差しがこういうものであってはならない。
―まただ・・・何故・・・・・・・
男は先ほど子に告げた詞を頭の中で反芻していた。
「一生袂を分かつような喧嘩は決してするな」
―・・・・・・・。
あれは決して自分たちが自ずと望んだことではなかった。
なるべくしてなったのか。己等が無力であったが故に時の流れに足を取られてしまったのか。
後者であるならばただただ非力さをなじるばかりである。
 ウォルフガング・ミッターマイヤーは思う。
何か一つ。相違があれば状況は変わっていたはずだ。
いつのどこでとはわからないが、彼はあの時もそう考えていた。
結果わからずじまいで事は終わってしまった。たくさん散った命の中に、大切な親友の命も含まれていた。
仮に全てが前者だとすれば、何と運命の業の深さか―。




・・・一体誰の運命の仕業だろう。
俺か?
それともロイエンタール、卿か・・・?


やはり血は争えんようだ。
益々似てくるではないか・・・!

唯一違えるのは瞳が二つとも同じ色をしていること。だが。色は卿の片目と同じだ・・・・・・・。

なぁ。ロイエンタール・・・。
俺は時々自信をなくしそうになるよ。

あの子は驚くほど卿にそっくりだ。






「あなたー? どうかなさったの?」


「ああ、何でもない。今行くよ」



呼びかけに応じると彼は背筋を伸ばして向かった。
家の奥から、愛する妻と息子の楽しげな話し声が聞こえている。



段々実の父親に似てくる息子に心痛めてるミッターマイヤーです。
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