calling

「ねえジェット」
「何だよ?」
「さっきから機嫌悪いんだ・・・どうしよう」





キッチンの彼等はソファに佇む一人の女性の後頭部から発せられる不気味なオーラを敏感に察知した。
しかし、

「解決策はない」
「そんなぁ! 困るよ!」
「でも下手に何も言えねーだろ。上手くいった症例が一つでもあるか?」
「・・・・・・・ないけど」
「じゃあ自然消滅を待つしかねぇな」
そう言って、がっくり肩を落とす青年を憐れそうに見た。




だいたい、彼女の怒りのオーラは鮮明すぎる。
取れたての野菜を嬉々と持ってきたジェロニモも思わず立ちすくみ話しかけるのをやめれば、イワンは泣いてミルクの要求もできない。
夕食の献立を相談に来た張々湖も、

「誰ネ? フランソワーズを怒らせたのは」
「だいたい見当はついてるけどね」








あの馬鹿野郎・・・・・・・・・・・・・・









夜も更け、自室に戻ったフランソワーズは昼間から握り続けている子機を睨み付けた。
もともと面倒くさがりなのか、そういうことには無頓着なのか。
いつも連絡を取らないし取ろうともしない性分と承知の上なのだが、今日はそれで済む問題ではなかった。

何度ダイヤルしてみたことか。
女にここまでさせても、今だあの馬鹿野郎は電話に出ない。
怒りがフツフツと沸騰し始める。


早く出なさいよ。
手遅れになるから。




コールが、途切れた。





「・・・もしもし?」



ぶっきらぼうな男の声。
しかしその声を聞いた途端、フランソワーズの中でどこかの糸が切れた。





「この大バカ野郎ォ!!」





受話器に向かって思い切り叫んだ。
そして相手が次の言葉を掛ける前にあらゆる事を畳みかけるように言った。
「どれだけコールさせたら気が済むのよ!? 週一回は連絡しろって言ってるでしょ? もう三ヶ月もすっぽかして・・・
心配したんだから!!」
「・・・・・・・すまん」
男の声のトーンは低かった。本当に悪かったと思っているのだろうか。
「すまないで済んだら、警察いらないわよっ」
「・・・そうだな」
僅かに男が笑った。カチンときたが怒鳴る気にはなれなかった。


「今日・・・・・・何の日か覚えていて?」
「・・・・・・・・・・なんか特別あったか?」


女は小さく溜息を漏らす。
最初は戯けているつもりだったが、それも少し辛くなった。


「悪い。ここんとこ仕事が詰ってて・・・寝る時間すらまともになかったもんでな」
「言訳ね」
「ああ」


会話が、なくなる。



「・・・・・・・ごめんなさい」
「何故謝る?」
「だって、お仕事忙しかったんでしょう? なのに朝から何回も電話して・・・迷惑だったわね」
今度ははっきりわかるように、高らかな笑い声を上げた。
内心ものすごく驚いた。研究所に居るときでも滅多に笑わない彼がこんな陽気な仕草をするなんて、意外だった。

「いや」彼は笑ったすぐに短く否定した。

「迷惑だなんて思ってない。久しぶりにお前さんの怒鳴り声聞けてよかった・・・元気そうで安心したよ」

じんわりと胸に染みこんでいく優しい言葉。
全く棘がなく、相手を思いやり気遣う本当は繊細な彼の心を垣間見た気がして目が熱くなった。
上ずる声を懸命に支えて、訊ねる。






「いつ帰ってこれそう?」


inserted by FC2 system