今夜は冷えるからマフラーは欠かせない。
研究所の浴槽が故障したため、ジョーの紹介した「銭湯」に行った。
風呂となると女は確実に男より早く上がってくることはない。
入り口付近に立って、木枯らしで紙を乾かしつつじっと待つ。
「お待たせ」
彼女がようやく出てきた。
湯上がりで火照った顔がてかてかと輝いている。
ほのかに漂う石鹸の香りがどこか懐かしい。
「日本てこういう施設もあるのね。びっくりしちゃった」
「そうだな・・・」
「なぁにその気のない返事」
お前さんが出てくるのが遅いんで待ちくたびれたんだよ。
・・・・・・・とは言わなかった。彼女もどことなく察知していたらしく、口をもごもご動かすに留まってくれた。
髪の乾き具合は上出来。
パサパサになって、変な癖までついてしまった。
ふと、彼女の髪がまだしっとりと水分を含んでいる。
「なんだ、乾かしてこなかったのか?」
「だって・・・ブローしてたら遅くなっちゃうでしょ?」
彼女なりに気遣っていたらしい。ちょっと嬉しい。
「風邪引いちまうぞ」
「その時は看病よろしくね」
「俺じゃなくジョーにしてもらえ」
「あなたの方が面倒見よさそうだもの」
「なんじゃそりゃ」
呆れて物も言えない。ニコニコしてる様を見ると、余計に。
洗面器の中身が揺れて、カタコトと音を立てた。
不思議な気分だ。
すごく落ち着いて 懐かしい感覚がする。
自分がずっと
「改造人間」になってから求め続けていた
「平穏」という感覚―。
この感覚は短い。
隅の方から「不穏」な音が近づいている。それは次第に大きくなる。
永久に流れることのない時間だった。
「星が綺麗よ」
促されて空を振り仰ぐ。満天の空が広がる。
夜の空は昼の空よりも透き通っていて、美しかった。
特に悲しいわけでもないのに目に涙の膜が張ったのがわかる。
「もう少しゆっくり帰りましょうか・・・こんなに綺麗な空ですもの」
彼女の言葉も白い吐息と共に暗闇の世界へと溶けて消えた。