コンコン。
「お邪魔するわよ」
「あぁ」
気のない返事が返ってくるが、それどころでなかった。
彼の部屋には大きな本棚がある。彼が博士に頼んで発注したお気に入りアンティークの一つらしい。
そこには様々な大きさ、厚さの本が隙間なく収められている。
ギチギチの本棚に彼の几帳面な一面を垣間見て、嬉しく思う。
「何か用か?」
口を開けて棚を眺める彼女に部屋の主は訝しげに問うた。
「今暇なの。で、面白い本があれば貸して欲しいんだけど・・・」
「小説でいいか?」
「そうね。難しい専門書はお断りするわ」
「上から二番目だ。好きなの持ってけ」
「ありがとう」
取り出す本は多少古くなっているものの、どれも新品のように美しい状態だった。
「全部読んだの?」
「ああ」彼は気にすることなくページを捲る。
「それにしては綺麗よねぇ・・・」
意味深な雰囲気を込めて言ったつもりなのだが、
「一度読んだ本は二度と読まねぇんだ」
あっさり答えられて、呆気に取られる。
―変わった人・・・・・・。
ま、いいわ。と、その場に座り込む。
「おい」
「何?」
「まさか・・・ここで読む気じゃねぇだろうな」
「駄目?」
「いや・・・てゆうか・・・」
気が散るんだが・・・。
ところが彼女はとっくに本の世界に入っていた。
やれやれと溜息をついて再び自分も現場復帰する。
「・・・・・・」
案の定、横が気になって文章が頭にインプットされない。どこまで追っていたのか忘れ、終いには途中どういう展開だったのかも忘れてしまう。
―ちっくしょう・・・・・・。
彼女に感づかれないように小さく舌打ちした。
メンバー内では「別名『本の虫』」で通っているだけに、現在置かれている状況は頂けない。
読書嫌いのジェットやいちいち本のワンフレーズを演ずるグレートならともかく、相手は大人しく読書に没頭するフランソワーズだ。
さして邪魔にはならないだろうに。
諦めてチラリと彼女を見た。
こっちが凝視してても、睫毛一つ動かさない。相当はまっているようだ。
「フッ・・・フフッ」
「・・・」
それから彼は読書ではなく観察に集中した。
驚いたり泣いたりホッとしたり笑ったり―。
一ページ一ページ捲る度に彼女の表情は豊かに変わっていく。
とても楽しそうだ。
不意に口元が綻んだ。
「とっても面白かったわ」
小一時間ほどたってようやく彼の視線に気づいた。
「もしかしてずっと見てたの?」
「ああ・・・なかなか楽しませてもらったぜ。お前さんの読書風景」
「まっ!」彼女は頬を赤らめた。
「・・・・・・私、もう行くわね」
「おう」
「夕食の時間になったら出てきてね」
「了解」
一人っきりとなった彼は先ほどまで彼女がのめり込んでいた一冊を手に取った。
「そんなに面白い本だったか・・・?」
それからしばらく、彼は本の世界に閉じこめられることになる。