キャッチボール

今日は研究所には誰もいない。
一日の大半を睡眠に費やす赤ん坊とこの二人以外は―。







朝のワイドショーも終わり、新聞も雑誌も全て読み飽きた。
「・・・退屈だな」
「そうね・・・」
お昼ごはんまで時間は大分あった。


「キャッチボールしない?」
女の唐突な誘いに男は目を丸くした。
「は?」
「だってすることないし・・・このままダラダラしてるのも不健康でしょ?」
「・・・何でまたキャッチボールなんだ?」
「特に理由はないわよ」
「・・・・・・」
彼女はすでに立ち上がっていた。男は広げていただけの新聞をたたむ。
やれやれ、しょうのない。付き合うとしよう。







広い青空を太陽の光を浴びて白球が大きく弧を描く。
「・・・・・・・まさかグローブまであるとはなぁ」
誰が一式揃えやがったんだと言わんばかりの男に、女は答えてやる。
「ジョーが時々やってるの」
「ふぅん・・・」
まさかそんな野球少年だったとは。
今じゃとっておきの愛車であちこち走り回っているのに。
あいつほど妙にスポーツがしっくりくる男もいない。

パシッとグローブの革に響く音。

「ほらっ。ボーッとしてないでちゃんとやってよ?」
「へいへい」

出会った当初はシャイで大人しい控えめな女のコだったが今ではメンバー随一のお転婆娘になった。
あまりの変化に驚いたが内心とても喜ばしいことだと思っている。
何せ、当時全く見せなかった笑顔を存分に振りまいているのだ。これほど美しい光景はないなと思う。




「腹減った」
しばらくして彼がぼやいた。
「・・・イワンが呼んでる。そろそろお昼にしましょうか」
そして尋ねた。
「お昼何食べたい?」
男はボールを投げてよこす。
「任せる」

はいい!?
任せるってそんな・・・・・・。

ボールは大きく軌道を乱し、彼女は慌てて二、三歩後退する。
見事キャッチに成功した。


どうしましょうかねぇ・・・。


正面では彼がいつでも来いと待ちかまえている。
深呼吸して、気合いを入れた。


「ええい! 任されたっ!」


一際勢いのあるボールが突進してきたが、彼は難なく受け止める。
その一瞬を吹き抜けた風に春のほんのり温かい陽射しも手伝って、二人は自然と笑みを浮かべた。



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