今日は何の日?

「これで三十七回目」
「え?」
「お前さんの溜息。朝からずっとだ」
「・・・・・・」


昨夜は眠れなかった。
全員でのディナーの後、話をしに訪れた彼女を待ち受けていたのは一人個室で楽しげに電話していた彼。
その表情はいつになく嬉しそうに輝いていた。声のトーンはいつもより高く、弾んでいたように思われる。

相手は誰なのだろう・・・?
お友達?
そうならいいのだけど・・・・・・・

「暗い顔すんなよ」
「ええ・・・ごめんなさい・・・」
「別に謝ることじゃない。ただ・・・・・・」
いつも笑ってて欲しいんだよ。ずっと隣に腰掛けていた男はおもむろに立ち上がった。
「ねぇ!」
「ん?」
慌てて引き留めようとした。
もう少し傍に居て・・・
どうってことない昼間の孤独に、今は耐えられそうになかった。
男は口元をキュッと持ち上げた。彼の癖だ。
「本人に直接言えよ。いつまでも溜め込んでるモンじゃねぇ」
「だけどっ・・・」
「あいつなら部屋にいるだろ。いいから行ってこい」
と、言ってその場を早足で去った。
傍らで赤ん坊が心地よさそうに眠っている。やむなく重い腰を持ち上げた。


 彼の部屋のドアをノックすると、「どうぞ」と声が返ってきた。
「ジョー・・・私・・・」
彼はデスクに向かって何かをしたためていた。
「やあフランソワーズ。何か用?」
「・・・・・・」
彼女の妙な様子をこれっぽっちも察知しない彼に、心の底で怒りが芽生えた。
デスクの上に目をやる。
「何書いてるの?」
「ああ、手紙だよ」
フランソワーズの声が強張っているのも知らず、ジョーは嬉々として一枚の便箋をすくい上げ見せた。
そこには日本語の字がびっしり書かれていた。
「手紙?」
「昨日幼馴染と電話しててね。久しぶりに昔の仲間に手紙でも送ろうかなと思って・・・」
「ジョー!!」
咄嗟にでてしまうと止まらない。
どうにでもなれ。半分やけくそだった。
「どーでもいいわよっ。私の目の前でよくそんなもの書けるわね! どうせ私たちより昔の仲間の方が大事なんでしょ!?」
「フランソワーズ?!」ジョーは目をまん丸くして、ただ呆気に取られている。
「落ち着けよ。どうしたんだよ!?」
まぁ!! そんなこともわからないのね!! あなたって人は・・・・・・
青い瞳が揺れ、目の縁から大粒の涙がポロポロこぼれ落ちる。彼の困った表情は彼女の怒り、悲しみ、悔しさを煽った。
「落ちつけって。僕、何かしてしまったのかい?」
「知らない知らない! もういいわ、手紙でも何でも勝手にすれば!? 二度と私の前に来ないで! 顔も見たくないわ!!」
言いたい放題ぶちまけると、踵を返し勢いよくドアを閉めていった。
 嵐の如き彼女がいなくなった空間に一人突っ立っているジョーの耳に、ノックの音が届いた。
「おぉいジョー。お前またフランソワーズ泣かしたのか?」
「・・・・・・」
「相変わらず君たちってギャップ激しいよな。仲良しの時は不気味なくらいくっついてるのに・・・」
「いー加減にしろよ」
「女の子泣かすこと、最低のことネ」
思い切り他人事扱いのイギリス人、アフリカ人、アメリカ人、中国人。
何も言わず一緒に立ち去るネイティブアメリカン。
取り残された日本人は途方に暮れる。
元々両者怒鳴り合いの喧嘩ではない。一方的に彼女が怒ってきただけなのである。


―僕は何もしてないのに・・・。


「ジョー」
開けっ放しのドアの前に立っていたドイツ人に助けを乞うた。
彼は溜息混じりに、
「お前さんは人の気持ちってのをもう少し量る必要があるぜ。ま、今回は彼女の方もちょいと荒っぽいけどな」
「? どういうことだよ・・・」
「カレンダーを見てみろ」
日付を辿ってジョーは愕然とした。
「・・・・・・・・・・忘れてた」
「そうだろうな・・・。なあに、一種の癇癪さ。原因は単純だからすぐ収まるはずだ」
「アルベルト・・・僕・・・」
「きちんと始末着けとけよ。俺たちにまで飛び火するのは御免だからな」
そう言い残して風と共に去りぬ。
 ジョーは部屋を抜け出した。




 外は黄昏の色に染まりつつある。この温かい印象の空を眺めていると俄然虚しさが募った。
ここの主が造ったベンチに腰掛けて彼女は泣いて泣いて泣き明かし、目は腫れ上がり鼻は詰って潮の匂いも嗅ぐことができなくなっていた。

馬鹿みたいねぇ・・・一人で怒って泣いて。
何故こんなことになっちゃったのかしら?

足音が近づき、素早く振り返った。
「・・・・・・見つけたっ・・・・・・」
「・・・ジョー・・・・・・」
驚くことに、息を切らしている。あちこちを走り回っていたのだろう。
「よかったぁ・・・・・・捜したよ・・・・・」
紅潮した頬に笑みが昇ると、もう枯れてでないはずだったのに赤く充血した瞳から止めどなく涙が溢れて、彼女の視界を曇らせた。
すると彼はポケットから取りだした物を差し出した。
「・・・??」
青いリボンかけた小さな箱だった。
「昨日だったんだよね、君の誕生日・・・」
「―・・・・・・!」
「本当にごめん。言訳になっちゃうけど・・・ホラ、昨日久しぶりに集まったじゃないか。それでその・・・なんか渡しづらくなっちゃって。
しかも急に電話掛かってきちゃうしさ・・・・・・・みんなは言ったようなんだけど、僕だけだったんだね。ちゃんと言わなかったの」
「・・・・・・・・・・」
「でも、これだけは言っておくよ。昔の仲間が大事だなんてこれっぽっちも思っちゃいない。彼等は彼等でちゃんと自分の道を歩いているんだ。
だから僕もこれからはずっと君やみんなと一緒に生きていくんだ・・・・・・・」
フランソワーズは箱を凝視したまま固まっていた。涙は次々に頬を伝っていく。
彼が覗き込んでも、涙でぐしょぐしょの顔を見せようとはしなかった。
「弱ったな・・・もう泣かないでおくれよ」
苦笑を零しながら肩をそっと抱き寄せると、二人だけが聞き取れる声で告げた。




「誕生日、おめでとう」




とうとう彼女は本格的に泣き出した。獣のような泣き声と共に、蚊の鳴くような小さな声で、


「・・・ごめんなさい・・・・・・」


後はひたすら、嗚咽だけがさざ波に呑まれていった。


初めて書いたゼロナイ小説。
とりあえず喧嘩ネタと誕生日ネタが思いついたんでそれをミックス。
なるべくオール出そうと心がけて。
あと、アルベルトは特にそうなんですがキャラ設定は新ゼロです。
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